
マレイシアで考えたこと 伊藤憲一 第2期「21世紀セミナー」メンバー 日本国際フォーラム理事長 マレイシア戦略研究センターと日本国際フォーラムが、さる3月末にクアラルンプールで共催したアジア15カ国参加の第1回「汎アジア・コロキュアム」と銘打った国際シンポジウム「21世紀の国際的安全保障の枠組みの展望」に参加した私の所感を、2点ほどに整理して、報告してみたい。 第一点は、他の日本側参加者も感じたようであるが、北東アジアと東南アジアのもっている安全保障感覚の相違である。北東アジアでは米中露日といった大国が角逐を繰り返してきた歴史の記憶を背景として、大国間の勢カバランスが安全保障に及ぼす現実的帰結に無関心ではありえないとの感覚が研ぎすまされており、大国間協調の維持への関心や大国間衝突の発生への懸念はきわめて大きい。これに対して東南アジアではそのような大国間角逐の舞台から遠いという距離感のゆえか、大国間の勢力均衡や協調の維持に対する問題意識はほとんどないか、あっても問題の重大性に対する認識にリアリティが欠けているように思われた。むしろ主たる関心は、これまで無視されてきた中小国のアイデンティティや主体性を確立し、強調することに向けられており、安全保障問題もそれ自体としてどれほどの緊急性を自覚して取り上げられているのかは、疑問であるとすら思われた。もっぱらアセアン地域フォーラムのような地域の多角的安全保障対話の枠組みの意義を強調するわけであるが、その実態が同盟はもちろん集団安全保障からすらも遠く、信頼醸成措置や対話の域を出ていないことに対する自覚は弱いように思われた。 このことが典型的な形で現れていると思われたのは、潜在的超大国としての中国の台頭をどのように捉えるかという問題に関連してであった。開幕夕食会の席上、わたくしの隣に座ったのは、マレイシア戦略研究センター会長のナジブ・トゥン・ラザク文相(前国防相)であったが、彼にちょうどその時点で世界中の関心を集めていた台湾海峡をめぐる緊迫した事態の推移や評価について感想を求めてみた。すると、中台問題は中国の内政間題であるとか、米国の空母派遣は挑発的だとかという、どちらかといえば中国の主張に理解を示す反応が返ってきた。日本国内におけるこの問題の捉え方とはかなり異質の対応を感じたので、「中国を脅威だとは思わないのか」と突っ込んでみた。「21世紀中葉というような長期的な話になれば何ともいえないが、中短期的な展望でいえば、中国には戦略的なパワー・プロジェクション能力はなく、中国軍がマレイシアに
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